スタミナが切れた時の試合の苦しさは、どんなにキツいトレーニングをしてもなかなか再現できない。
「精神が肉体を超える」
ということをトップアスリートはよく口にする。
しかし、トップアスリートでもない普通の(いや、おっさんの?)しかも「自主トレーニング」という場面ではそう簡単に肉体のキツさを精神は超えてくれない。
だから、あの試合で経験するような苦しさを再現できるトレーニングをするのは非常に困難になるという訳だ。
・・・しかし、それでも約一年半、あれこれ工夫を凝らし、現時点で
「このキツさは試合のそれに近いんじゃないのか?」
というお気に入りの(実際は一番キツいのでやりたくないのだが)トレーニングが一つある。
・・・っといってもそれほど特殊なトレーニングということはなくて、
「ジャンピングスクワット(フルジャンプ・・・限界まで高く飛ぶやつ)×50回のあとインターバルなしで壁蹴りで上段回し蹴りフルスピード(このフルスピードが重要)100回」
「なあ〜んだ?それだけ?」
って思った?・・・じゃあ、やってみなって!!!!
-------------------
怪我をしてから、久しく「ジャンプ系」トレーニングから遠ざかっていたが、今日、久々に「ジャンプ」した。・・・つまり「これ(↑)」をやったのだ。
試合前は昔のトラウマからとにかく「スタミナが切れる」ということが原因でナーバスになることが多い。一そんな時は、「これ」をやることで「スタミナ切れ」の不安を追い払ってきた。いわばこのトレーニングは私の一番たよりになる精神安定剤であり、お守りだったのだ。
------------------------
久々の「こいつ」はやっぱり、とっても手強かった。
なまってた俺を容赦なく追い込んできやがった。
終わってからも次のメニューに行かせてくれないほどに俺の「肺」と「心臓」を痛めつけやがった。
・・・しかし、「そいつ」は久しくご無沙汰していた「充実感」を俺にプレゼントしてくた。
そして「こいつ」なくして「追い込んだトレーニングはありえんなあ」とつくづく感じた。
「こいつ」は選手を続ける上で、俺にとって「生命線」だと再認識した。
この先、どれだけ「こいつ」の厳しさとつきあわんと行けないのだろう?
そう思うと、ホントに憂鬱の種なんだが・・・
・・・今日は、久々にあった「こいつ」を愛おしいと感じる俺であった。・・・
「精神が肉体を超える」
ということをトップアスリートはよく口にする。
しかし、トップアスリートでもない普通の(いや、おっさんの?)しかも「自主トレーニング」という場面ではそう簡単に肉体のキツさを精神は超えてくれない。
だから、あの試合で経験するような苦しさを再現できるトレーニングをするのは非常に困難になるという訳だ。
・・・しかし、それでも約一年半、あれこれ工夫を凝らし、現時点で
「このキツさは試合のそれに近いんじゃないのか?」
というお気に入りの(実際は一番キツいのでやりたくないのだが)トレーニングが一つある。
・・・っといってもそれほど特殊なトレーニングということはなくて、
「ジャンピングスクワット(フルジャンプ・・・限界まで高く飛ぶやつ)×50回のあとインターバルなしで壁蹴りで上段回し蹴りフルスピード(このフルスピードが重要)100回」
「なあ〜んだ?それだけ?」
って思った?・・・じゃあ、やってみなって!!!!
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怪我をしてから、久しく「ジャンプ系」トレーニングから遠ざかっていたが、今日、久々に「ジャンプ」した。・・・つまり「これ(↑)」をやったのだ。
試合前は昔のトラウマからとにかく「スタミナが切れる」ということが原因でナーバスになることが多い。一そんな時は、「これ」をやることで「スタミナ切れ」の不安を追い払ってきた。いわばこのトレーニングは私の一番たよりになる精神安定剤であり、お守りだったのだ。
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久々の「こいつ」はやっぱり、とっても手強かった。
なまってた俺を容赦なく追い込んできやがった。
終わってからも次のメニューに行かせてくれないほどに俺の「肺」と「心臓」を痛めつけやがった。
・・・しかし、「そいつ」は久しくご無沙汰していた「充実感」を俺にプレゼントしてくた。
そして「こいつ」なくして「追い込んだトレーニングはありえんなあ」とつくづく感じた。
「こいつ」は選手を続ける上で、俺にとって「生命線」だと再認識した。
この先、どれだけ「こいつ」の厳しさとつきあわんと行けないのだろう?
そう思うと、ホントに憂鬱の種なんだが・・・
・・・今日は、久々にあった「こいつ」を愛おしいと感じる俺であった。・・・
2007/01/05(金) | テコンドー自主トレ | トラックバック(0) | コメント(0)

