トレーニングの話をしていると、遠慮ない友人等は私に対してこんなコメントをよくしてくる。
「おい、何勘違いしてるんだよ?なんでプロとか世界チャンピオンのトレーニングを参考にしようとするの?おまえはただの3流アマででしょう?」
私はこれらのコメントに対しては慣れっこなので、いつものようにこう答える。
「逆!逆!3流アマだからこそだって!」
「だからこそ?」
「だって考えてもみろよ、技術的にも体力的にも頂点のプロ達があれだけ練習しているんだぜ?」
「そらそれでメシ食ってる訳でしょう?あたりまえじゃん」
「メシ食ってるとかじゃなくてさ、最高に上手い人が練習して、下手な連中が練習しないっておかしいって言ってるの」
「おまえは、プロ目指してる訳じゃないでしょう?」
「まあね、でも全日本目指すってのは、プロ目指すようなもんだよ」
「・・・あのさ〜もっと現実みろよ」
「じゃあよ、現実見て大人ぶって練習セーブするのとさ、子供のように夢見て練習ハードにするのどっちが強くなるんだよ?」
「まあ、そら練習した方が強くなるだろうけど、犠牲にするもの多いだろう?」
「犠牲?・・・時間のこといってるの?確かに時間は限られてるな。それはしんどい。でも同じ時間しかないならなおさらだろ?」
「なおさら?・・・どういうこと?」
「お前も理解悪いな〜・・・いいか、時間は同じです。限られてます。ある人は現実見てセーブしながら1時間練習しました。俺は子供だから夢見てハードに練習しました。時にはお前が暇つぶしにDVD見てるような時”練習が足りない!”って意識があるから練習するでしょう・・・さて、どっちが強くなりますか?そして子供になることに何のリスクがありますか?」
「・・・・」
ワシの子はニワトリだと思い込み、
ニワトリのまねをして暮らした。
ある日、ワシの子は空を見上げると、
大きな鳥が空を舞っているのに気づいた。
ワシの子が「あれは何?」とたずねると、
メンドリは「ワシだよ」と答えた。
ワシの子が「僕もあんなふうになりたい」と言うと、
「それはムリだ。お前はニワトリなんだから」と言った。
ワシの子はうなだれて「そうだね」とつぶやいた。
結局、ワシの子は大きくなっても、
自分がワシであることに気づかず、
「自分は飛べない」と思い込み、
大空をはばたくことなく生涯を終えた。
(「自分を磨く方法」アレクサンダー・ロックハート著/株式会社ディスカヴァー・トゥエンティーワンより引用)
この詩を読むと、子供には「飛べないワシになってほしくない」とつくづく感じる。しかし、もしかすると大人こそ、大人ゆえにへんな限界を勝手に作って、可能性を否定してできることもできなくしてしまっていることってあるのかもしれないと思うことがある。
「後ろ向きな大人」よりも「前向きな子供のように」・・・確かに「子供のよう」だからリスクもあろう、周りに迷惑をかけていることもあろう。そんな時は(そんな時こそ)大人の対応もできるだろう・・・実際は大人な訳だから(楽観ですか?:笑)。
少なくとも、私も子供も「飛べないワシ」にはなりたくないし、したくないのだ・・・。
「おい、何勘違いしてるんだよ?なんでプロとか世界チャンピオンのトレーニングを参考にしようとするの?おまえはただの3流アマででしょう?」
私はこれらのコメントに対しては慣れっこなので、いつものようにこう答える。
「逆!逆!3流アマだからこそだって!」
「だからこそ?」
「だって考えてもみろよ、技術的にも体力的にも頂点のプロ達があれだけ練習しているんだぜ?」
「そらそれでメシ食ってる訳でしょう?あたりまえじゃん」
「メシ食ってるとかじゃなくてさ、最高に上手い人が練習して、下手な連中が練習しないっておかしいって言ってるの」
「おまえは、プロ目指してる訳じゃないでしょう?」
「まあね、でも全日本目指すってのは、プロ目指すようなもんだよ」
「・・・あのさ〜もっと現実みろよ」
「じゃあよ、現実見て大人ぶって練習セーブするのとさ、子供のように夢見て練習ハードにするのどっちが強くなるんだよ?」
「まあ、そら練習した方が強くなるだろうけど、犠牲にするもの多いだろう?」
「犠牲?・・・時間のこといってるの?確かに時間は限られてるな。それはしんどい。でも同じ時間しかないならなおさらだろ?」
「なおさら?・・・どういうこと?」
「お前も理解悪いな〜・・・いいか、時間は同じです。限られてます。ある人は現実見てセーブしながら1時間練習しました。俺は子供だから夢見てハードに練習しました。時にはお前が暇つぶしにDVD見てるような時”練習が足りない!”って意識があるから練習するでしょう・・・さて、どっちが強くなりますか?そして子供になることに何のリスクがありますか?」
「・・・・」
ワシの子はニワトリだと思い込み、
ニワトリのまねをして暮らした。
ある日、ワシの子は空を見上げると、
大きな鳥が空を舞っているのに気づいた。
ワシの子が「あれは何?」とたずねると、
メンドリは「ワシだよ」と答えた。
ワシの子が「僕もあんなふうになりたい」と言うと、
「それはムリだ。お前はニワトリなんだから」と言った。
ワシの子はうなだれて「そうだね」とつぶやいた。
結局、ワシの子は大きくなっても、
自分がワシであることに気づかず、
「自分は飛べない」と思い込み、
大空をはばたくことなく生涯を終えた。
(「自分を磨く方法」アレクサンダー・ロックハート著/株式会社ディスカヴァー・トゥエンティーワンより引用)
この詩を読むと、子供には「飛べないワシになってほしくない」とつくづく感じる。しかし、もしかすると大人こそ、大人ゆえにへんな限界を勝手に作って、可能性を否定してできることもできなくしてしまっていることってあるのかもしれないと思うことがある。
「後ろ向きな大人」よりも「前向きな子供のように」・・・確かに「子供のよう」だからリスクもあろう、周りに迷惑をかけていることもあろう。そんな時は(そんな時こそ)大人の対応もできるだろう・・・実際は大人な訳だから(楽観ですか?:笑)。
少なくとも、私も子供も「飛べないワシ」にはなりたくないし、したくないのだ・・・。
2007/01/03(水) | 普通の日記 | トラックバック(0) | コメント(0)

