なんとしても勝ちたかったマッソギでついに優勝した。このブログでも書いたように6月の試合では、恐怖のあまり試合を投げ出したくなった。そして下がりつづけて・・・負けた。
今回の大会でも試合を待つ間、前回同様に「恐怖」の波が幾度と私を襲った。そんな時、この恐怖に打ち勝つためにある言葉を念仏のように唱えた。
「気持ち!手数!」
これは亀田戦の少し前に、ボクシングの世界タイトルを辰吉丈一郎と並ぶ国内最速で手にした名城信男選手の練習風景をテレビで見かけたとき耳にした言葉だ。その映像で名城選手はダッシュの後に連打を繰り返すという壮絶な「スタミナ稽古」を12R繰り返していた。インターバル間に大の字にへたり込みながらも唸るように連呼していた・・・気持ち!手数!・・・気持ち!手数!
試合経験のある人ならわかるはずだ、この言葉の意味が。名城選手ですらそうなのだ。私は痛感した。「世界を狙う人手すら”これ”を越えるためにこんなにも努力しているのだ」と。「甘えるのもいいかげんにしろ」と。
それ以来、毎日の練習で、特に苦しい苦しいサーキットトレーニングでへばってくると声にした・・・気持ち!手数!気持ち!手数!
そして大会本番。弱気のムシをねじ伏せた・・・前に出た。少なくとも全試合「気持ち」が折れなかった。とんでもない会場の「暑さ」にもかかわらず、苦しい練習に耐えてきた「気持ち」でスタミナは最後まで切れなかった。
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また、今回もいろいろなことを感じた・・・ 勝つことで見えたことがあった。
何度も何度もイメージした場面がある。それはこんな場面だ。
「決勝戦、道場長がセコンドに座る。1Rからラッシュする私。ややスタミナが切れかかる。インターバルで道場長からアドバイスを受け、うなずく私。2R目ややスタミナが切れかかった私を道場の皆が応援してくれている。息子の声も聞こえる。なんとか踏ん張る・・・そして試合終了・・・運命の判定。自分の手が上がる・・・「やった!」・・・コートを出る私を皆が囲んで喜びを分かち合う。」
今大会、このイメージにほぼ近い形で現実のものとなった。嬉しかった。そしてなんで私はこのイメージを持ちつづけていたのかを「勝って」はじめて理解した。私が何を求めて「勝ちたかった」かを。
それは決勝戦、自分の手が挙がった瞬間、嬉しかった。しかし・・・コートを出て長男が駆け寄り、道場長、道場生皆が喜びで迎えてくれた瞬間はその何倍も・・・何よりも嬉しかった。・・・そうだった。私はこの「皆で勝利を分かち合う・・・仲間を感じる」というこの瞬間を何よりも望んでいたのだ。
「勝ちたい」なんて自分だけのエゴを満足することだけで、家族・仕事を犠牲にしてまでテコンドーに打ち込むだけのモチベーションは維持できないはずだった。私が追いかけていたことがこことがそんなちっぽけなことなんかではなかった。私は「仲間を感じた」時、それを実感した。
今回そのことに気づくことができたのが最大の収穫であったのかもしれない・・・。
今回の大会でも試合を待つ間、前回同様に「恐怖」の波が幾度と私を襲った。そんな時、この恐怖に打ち勝つためにある言葉を念仏のように唱えた。
「気持ち!手数!」
これは亀田戦の少し前に、ボクシングの世界タイトルを辰吉丈一郎と並ぶ国内最速で手にした名城信男選手の練習風景をテレビで見かけたとき耳にした言葉だ。その映像で名城選手はダッシュの後に連打を繰り返すという壮絶な「スタミナ稽古」を12R繰り返していた。インターバル間に大の字にへたり込みながらも唸るように連呼していた・・・気持ち!手数!・・・気持ち!手数!
試合経験のある人ならわかるはずだ、この言葉の意味が。名城選手ですらそうなのだ。私は痛感した。「世界を狙う人手すら”これ”を越えるためにこんなにも努力しているのだ」と。「甘えるのもいいかげんにしろ」と。
それ以来、毎日の練習で、特に苦しい苦しいサーキットトレーニングでへばってくると声にした・・・気持ち!手数!気持ち!手数!
そして大会本番。弱気のムシをねじ伏せた・・・前に出た。少なくとも全試合「気持ち」が折れなかった。とんでもない会場の「暑さ」にもかかわらず、苦しい練習に耐えてきた「気持ち」でスタミナは最後まで切れなかった。
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また、今回もいろいろなことを感じた・・・ 勝つことで見えたことがあった。
何度も何度もイメージした場面がある。それはこんな場面だ。
「決勝戦、道場長がセコンドに座る。1Rからラッシュする私。ややスタミナが切れかかる。インターバルで道場長からアドバイスを受け、うなずく私。2R目ややスタミナが切れかかった私を道場の皆が応援してくれている。息子の声も聞こえる。なんとか踏ん張る・・・そして試合終了・・・運命の判定。自分の手が上がる・・・「やった!」・・・コートを出る私を皆が囲んで喜びを分かち合う。」
今大会、このイメージにほぼ近い形で現実のものとなった。嬉しかった。そしてなんで私はこのイメージを持ちつづけていたのかを「勝って」はじめて理解した。私が何を求めて「勝ちたかった」かを。
それは決勝戦、自分の手が挙がった瞬間、嬉しかった。しかし・・・コートを出て長男が駆け寄り、道場長、道場生皆が喜びで迎えてくれた瞬間はその何倍も・・・何よりも嬉しかった。・・・そうだった。私はこの「皆で勝利を分かち合う・・・仲間を感じる」というこの瞬間を何よりも望んでいたのだ。
「勝ちたい」なんて自分だけのエゴを満足することだけで、家族・仕事を犠牲にしてまでテコンドーに打ち込むだけのモチベーションは維持できないはずだった。私が追いかけていたことがこことがそんなちっぽけなことなんかではなかった。私は「仲間を感じた」時、それを実感した。
今回そのことに気づくことができたのが最大の収穫であったのかもしれない・・・。
2006/08/09(水) | テコンドー試合の反省 | トラックバック(0) | コメント(3)

