最近「怪我」が多い。困ったことにそれが大会直前に集中する。4月の大会では一週間前、左肋骨にヒビ。五月の大会でも同様に4日前に右肋骨のヒビ。そして今回は大会前日の右大胸筋の肉離れ。しかもとどめは大会開始直後のアクシデントで左額を3針縫う怪我。
4月と5月の大会では、これらの怪我に対して「年取ると無理できないな」という至極平凡な感想を持って、それほど真剣に考えなかった。
しかし3度目となる今回は「ちょっとどうなってんだ?」と、じっくり立ち止まって考察する必要性を感じた。
・・・思い当たるふしがある。
「こころ」に原因があるのではないか?・・・
表向きは「学校大好き」という態度をとっている子供も潜在的に学校に行きたくないいう気持ちがあると、「仮病ではなく」実際に腹痛を起こたり発熱したりして、結果的に学校へいけないという状況になってしまうという話はよく聞く話だ。
心が原因で「身体」に影響がでる・・・これらの話で深刻なのが「本人の意思はまったく関与していない」ということだ。・・・つまり本人の意思で避けることができないということ。あたりまえだが腹が痛くなったり熱がでたりするのを本人の意思でどうこうはできない。
表向きの俺は大会出場に対してもちろん「やる気満々」である。しかし5月の大会で「ビビりまくるもう一人の俺」が露呈した。
「強気」な俺が主導権を握っているときは心の奥底に無理やり押し込められていた「弱気な俺」がいる。
心理学の領域では「無理やり押し込めれた気持ち」は悪さをすると言われる。
今回の怪我で強気な俺は悔しい思いをした。ただ押し殺したはずの弱気の俺はこれらの「偶然の怪我」のおかげでホッとしたはずである。
「心が原因で偶然、怪我するか?」とまで想像すると飛躍しすぎな気もするが・・・心理学領域では珍しい話ではない。(大学で心理学専攻してたんで・・・すぐにこんな想像をしたがるのだ:笑)。
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表の強気な俺と影の弱気な俺とが上手くいっていない・・・こむずかしい用語を引っ張り出せば「陰陽のバランスがくずれている」といったところか。
武道が「黙想」や「瞑想」といった行為をするのは心を静めるという以外に「心身のバランスをとる」という目的もきっとあるのだろう。影の俺の主張も聞いてあげることが必要なのだ。
まあ、やや今回は難しく考えすぎたが、もっとシンプルに・・・
心身を鍛え心のバランスが取れている「武道の達人」はあんな間抜けな怪我はしないだろうと想像すれば、・・・「確かにそうだ」と思わざるを得ない。
でも・・今回の強引かつ飛躍した理屈も、怪我だって不測のアクシデントだって自分の修行が足りない「自分の責任」という発想にたどり着くのだから結構、「悪くない」と思うのだ。
「偶然」かもしれないけど、「偶然だからしょうがない」で終れば何も進歩はない。「偶然=周り」のせいにしても「周り」を自分ではコントロールできない。この偶然の場面で唯一変えられるもの…それは「自分」だけなのだ。
4月と5月の大会では、これらの怪我に対して「年取ると無理できないな」という至極平凡な感想を持って、それほど真剣に考えなかった。
しかし3度目となる今回は「ちょっとどうなってんだ?」と、じっくり立ち止まって考察する必要性を感じた。
・・・思い当たるふしがある。
「こころ」に原因があるのではないか?・・・
表向きは「学校大好き」という態度をとっている子供も潜在的に学校に行きたくないいう気持ちがあると、「仮病ではなく」実際に腹痛を起こたり発熱したりして、結果的に学校へいけないという状況になってしまうという話はよく聞く話だ。
心が原因で「身体」に影響がでる・・・これらの話で深刻なのが「本人の意思はまったく関与していない」ということだ。・・・つまり本人の意思で避けることができないということ。あたりまえだが腹が痛くなったり熱がでたりするのを本人の意思でどうこうはできない。
表向きの俺は大会出場に対してもちろん「やる気満々」である。しかし5月の大会で「ビビりまくるもう一人の俺」が露呈した。
「強気」な俺が主導権を握っているときは心の奥底に無理やり押し込められていた「弱気な俺」がいる。
心理学の領域では「無理やり押し込めれた気持ち」は悪さをすると言われる。
今回の怪我で強気な俺は悔しい思いをした。ただ押し殺したはずの弱気の俺はこれらの「偶然の怪我」のおかげでホッとしたはずである。
「心が原因で偶然、怪我するか?」とまで想像すると飛躍しすぎな気もするが・・・心理学領域では珍しい話ではない。(大学で心理学専攻してたんで・・・すぐにこんな想像をしたがるのだ:笑)。
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表の強気な俺と影の弱気な俺とが上手くいっていない・・・こむずかしい用語を引っ張り出せば「陰陽のバランスがくずれている」といったところか。
武道が「黙想」や「瞑想」といった行為をするのは心を静めるという以外に「心身のバランスをとる」という目的もきっとあるのだろう。影の俺の主張も聞いてあげることが必要なのだ。
まあ、やや今回は難しく考えすぎたが、もっとシンプルに・・・
心身を鍛え心のバランスが取れている「武道の達人」はあんな間抜けな怪我はしないだろうと想像すれば、・・・「確かにそうだ」と思わざるを得ない。
でも・・今回の強引かつ飛躍した理屈も、怪我だって不測のアクシデントだって自分の修行が足りない「自分の責任」という発想にたどり着くのだから結構、「悪くない」と思うのだ。
「偶然」かもしれないけど、「偶然だからしょうがない」で終れば何も進歩はない。「偶然=周り」のせいにしても「周り」を自分ではコントロールできない。この偶然の場面で唯一変えられるもの…それは「自分」だけなのだ。
2006/06/21(水) | 普通の日記 | トラックバック(0) | コメント(2)

