昨日の稽古後のミーティングで「稽古日記」の重要性に関する話題が出た。主に「少年部の主体性」をいかに発揮させるか?というテーマを強力にサポートするためのツールとして非常に意義あるものであることを父兄の間で確認しあった。
今の多くの「習い事」で「一度しか教えてくれない」という程の厳しい環境はおそらくありえないと思うが、私は過去に一度だけある武道の道場で経験したことがある。ここではとにかく型であろうと技であろうと「一度しか教えてくれない」ので「ノートを片手に」というのが常識であった。
まあ、これは極端な例であると思うが、しかし少なくともその日ならったことを家に帰って「メモ書き程度は残しておく」という努力は「上手くなろう」「強くなろう」という前向きな目標があるのなら、少年部に限らずやるべきであろう。
・・・といいつつ私も最近は、たまにこのブログに書く程度で昔ほどにノートに記録を残すことをしなくなってしまった。・・・「よし!また再開するぞ!」と心に決めた私は、昔記録したノートを引っ張り出してみた。
するとなんと「大学時代のテコンドー時代」の記録がでてきた。十数年前の記録とはいえ・・・なかなかどうして、面白い。「なんか勘違いしてね~か?」という記録も多くあったが(大汗)「なるほど当時も同じこと悩んでいたんだ」という新なた発見もあったりした。
当時の記録をいくつかスキャンしたので、ご参考までにアップしてみます。十数年前の記録なんで細かい突っ込みはなしにしてくださいね(笑)




今の多くの「習い事」で「一度しか教えてくれない」という程の厳しい環境はおそらくありえないと思うが、私は過去に一度だけある武道の道場で経験したことがある。ここではとにかく型であろうと技であろうと「一度しか教えてくれない」ので「ノートを片手に」というのが常識であった。
まあ、これは極端な例であると思うが、しかし少なくともその日ならったことを家に帰って「メモ書き程度は残しておく」という努力は「上手くなろう」「強くなろう」という前向きな目標があるのなら、少年部に限らずやるべきであろう。
・・・といいつつ私も最近は、たまにこのブログに書く程度で昔ほどにノートに記録を残すことをしなくなってしまった。・・・「よし!また再開するぞ!」と心に決めた私は、昔記録したノートを引っ張り出してみた。
するとなんと「大学時代のテコンドー時代」の記録がでてきた。十数年前の記録とはいえ・・・なかなかどうして、面白い。「なんか勘違いしてね~か?」という記録も多くあったが(大汗)「なるほど当時も同じこと悩んでいたんだ」という新なた発見もあったりした。
当時の記録をいくつかスキャンしたので、ご参考までにアップしてみます。十数年前の記録なんで細かい突っ込みはなしにしてくださいね(笑)




2006/06/11(日) | テコンドー自主トレ | トラックバック(0) | コメント(2)

