「絶対に負けてはいけない試合」
というのがある。
自分にとってだけでなく、自分の置かれている立場も含めて。
昨日、私はその
「絶対に負けてはいけない試合」
に・・・
負けた。
ブログを読んで頂いてる方は、毎度「勝った」「負けた」で喜んだり、落ち込んだりしているのはいつものことなので
「また?」
と思われるかもしれませんが(^^;)
今回は・・・今回こそは
「どん底の中のどん底」
まで落ちていまいました。
ほんの二週間前に全日本を決めた天国から一気に地獄に突き落とされた感じです。
今までの「負け試合」でも、もちろん「落ち込み」はしていますが、次の日は(このブログを書く頃には)
「次は頑張るぞ!」
と気持も上向きになっていることがほとんど。
自分では結構「立ち直りの早い単純な」タイプと思っている。
ただ、今回だけは・・・
「まあ、しゃあないか」
と言って立ち直る程、呑気にはなれないし、・・・なってはいけない気がする。
------------------------------------
今回の大会は、数日前の記事で書いたように「地元本拠地」での大会。
色んな意味で、私はこの大会で
「一番活躍しなければいけない義務がある」
と思っていた。
「自意識過剰じゃないの?」
といわれるかもしれないが、個人的にはそう思っていた。
だが・・・その試合で、なんと・・・
初戦敗退をしてしまった。
試合直後は・・・
「こんなんで全日本出る資格はない」
と心底思った。
------------------------------------------------------
周りにはそんなことは言ってはいなかったが、かみさんにだけは
「今回は俺が活躍する大会だ」
と宣言していた。
それを知っていたかみさんは、私の試合が終わった直後、周りの空気と、何よりも私の呆然自失とした表情に耐え切れず会場を離れたという・・・
------------------------------------------------------
この風景・・・全く同じ風景を私は経験している。
思い出したくないあの場面が・・・否応なしにフラッシュバックした。
最近はこの話題をすることも少なくなっていたが・・・フルコンタクトカラテを諦めるきっかけとなった最後の大会だ。昔の記事を引用する
*******************************
『あれがフルコン時代最後となってしまった試合。小さな地方大会だが前回準優勝で今回優勝候補筆頭。ゼッケン1番のシード。
・・・ちょうどそのころ長男が生まれた。妻の母親は既に他界しており、妻は里帰りもできなかった。退院直後から子供の世話は妻一人が右も左も分からずやるしかなかった。私が家に帰ると泣き叫ぶ生まれたての長男を抱えて何をしていいかも分からず半べそをかいている妻の姿が毎日のようにあった。
サポートができるのは私だけしかいなかった。・・・むろんできるかぎりのことはした。しかしもっともっと助けてあげるべきところを「この大会だけは優勝しないといけないんだ」と自分の趣味を優先して毎日夜稽古に通った。妻は未だにこのことを許してくれない・・・あたりまえだが・・・。
妻の負担を犠牲にしてまで挑んだ大会。結果・・・第二試合、おそらく1年もキャリアのない下位選手にぼろ負けした。
試合開始直後、相手は優勝候補の私にダメ元でとくかくめちゃくちゃなラッシュをかけてきた。こんな攻撃は練習では許されない動きだ。ただただ間合いを詰められて何もさせてくれない。こんな防戦一方の展開で、私はとうとうスタミナが切れてしまった「ちくしょう!ここで負けられるか!」と気力でこらえることができればまた違った展開もあったかかもしれない。しかし最悪なことに私は途中で「ダメだ」とあきらめてしまった。これほど無様なまけっぷりはない。
私を期待し応援してくれた仲間たちの落胆と失笑。試合終了後、試合上から逃げ出したくなった。「この試合で実績を残せばいよいよ黒帯びだな・・・」・・・この約束は即座に帳消しになった。多くの犠牲を払った結果がこのざまだ。
・・・私はこの大会が原因でカラテの世界から足を洗った。挫折したということだ。この大会で優勝したライバルはこの後、全国区の大会へ出場していった・・・まさに私にとってターニングポイントだったが・・・私はこのチャンスに負けた。
ある辛口の先輩から言われた「上手いと強いはまた別物なんだよ。おまえは確かに上手いよ・・・でもまだ強くはなれていなかったということだ。とうとうメッキがはがれたな・・・」』
*********************************
あの時と・・・何もかもが同じだ。
あまりにも同じシチュエーションに「偶然」とは思えない「因果」を感じた。
「その大会で優勝することがあたりまえ」というシチュエーション。
「有級最後の大会・・・昇段を控えた大会」というシチュエーション。
「その大会で無様な敗退」
「おまえは、この試練を超えない限り上にはいかせないよ」
そいういうことなのだろうか?
もちろん「あの時」のように、これが原因で・・・テコンドーをあきらめるということは、今の自分では全くあり得ない。
そういう意味では・・・あの時の自分をようやく「今」超えることができるのかもしれない。
-------------------------------------------------------
なんで負けたのか?
ビデオを見返すと、いつもの負けパターンにはまっている自分がいた。先にポイントを取られ、あせって不用意に前に突っ込み、不用意に技を貰う。
・・・ただ、そんな理由よりも何よりも、まだまだトータルな実力がトップレベルに達していないことを・・・自分が一番感じてしまった。
あたりまえだ。だからちょっとしたことで・・・負けるのだ。
大会が終わった後、いつも色々な場面でアドバイスをいただいている、O師範が声を掛けてくれてた。
おそらく意気消沈して、引きつった私の顔から私の落ち込みを察知していただけたのか(?)、O師範は私をフォローしていただけるようなアドバイスをしていただけた。
少しだけ救われた気がした。
----------------------------------------------
落ち込んでいても、なんのプラスにもならない。
でも・・・今回ばかりはその落ち込んだ感情を、なかなか上向きにできない。
だけど・・・練習だけは・・・しよう。
いまどんなに今落ち込もうと・・・
131日後には、あんなにも憧れていた「全日本大会」が待っているのだから。
というのがある。
自分にとってだけでなく、自分の置かれている立場も含めて。
昨日、私はその
「絶対に負けてはいけない試合」
に・・・
負けた。
ブログを読んで頂いてる方は、毎度「勝った」「負けた」で喜んだり、落ち込んだりしているのはいつものことなので
「また?」
と思われるかもしれませんが(^^;)
今回は・・・今回こそは
「どん底の中のどん底」
まで落ちていまいました。
ほんの二週間前に全日本を決めた天国から一気に地獄に突き落とされた感じです。
今までの「負け試合」でも、もちろん「落ち込み」はしていますが、次の日は(このブログを書く頃には)
「次は頑張るぞ!」
と気持も上向きになっていることがほとんど。
自分では結構「立ち直りの早い単純な」タイプと思っている。
ただ、今回だけは・・・
「まあ、しゃあないか」
と言って立ち直る程、呑気にはなれないし、・・・なってはいけない気がする。
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今回の大会は、数日前の記事で書いたように「地元本拠地」での大会。
色んな意味で、私はこの大会で
「一番活躍しなければいけない義務がある」
と思っていた。
「自意識過剰じゃないの?」
といわれるかもしれないが、個人的にはそう思っていた。
だが・・・その試合で、なんと・・・
初戦敗退をしてしまった。
試合直後は・・・
「こんなんで全日本出る資格はない」
と心底思った。
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周りにはそんなことは言ってはいなかったが、かみさんにだけは
「今回は俺が活躍する大会だ」
と宣言していた。
それを知っていたかみさんは、私の試合が終わった直後、周りの空気と、何よりも私の呆然自失とした表情に耐え切れず会場を離れたという・・・
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この風景・・・全く同じ風景を私は経験している。
思い出したくないあの場面が・・・否応なしにフラッシュバックした。
最近はこの話題をすることも少なくなっていたが・・・フルコンタクトカラテを諦めるきっかけとなった最後の大会だ。昔の記事を引用する
*******************************
『あれがフルコン時代最後となってしまった試合。小さな地方大会だが前回準優勝で今回優勝候補筆頭。ゼッケン1番のシード。
・・・ちょうどそのころ長男が生まれた。妻の母親は既に他界しており、妻は里帰りもできなかった。退院直後から子供の世話は妻一人が右も左も分からずやるしかなかった。私が家に帰ると泣き叫ぶ生まれたての長男を抱えて何をしていいかも分からず半べそをかいている妻の姿が毎日のようにあった。
サポートができるのは私だけしかいなかった。・・・むろんできるかぎりのことはした。しかしもっともっと助けてあげるべきところを「この大会だけは優勝しないといけないんだ」と自分の趣味を優先して毎日夜稽古に通った。妻は未だにこのことを許してくれない・・・あたりまえだが・・・。
妻の負担を犠牲にしてまで挑んだ大会。結果・・・第二試合、おそらく1年もキャリアのない下位選手にぼろ負けした。
試合開始直後、相手は優勝候補の私にダメ元でとくかくめちゃくちゃなラッシュをかけてきた。こんな攻撃は練習では許されない動きだ。ただただ間合いを詰められて何もさせてくれない。こんな防戦一方の展開で、私はとうとうスタミナが切れてしまった「ちくしょう!ここで負けられるか!」と気力でこらえることができればまた違った展開もあったかかもしれない。しかし最悪なことに私は途中で「ダメだ」とあきらめてしまった。これほど無様なまけっぷりはない。
私を期待し応援してくれた仲間たちの落胆と失笑。試合終了後、試合上から逃げ出したくなった。「この試合で実績を残せばいよいよ黒帯びだな・・・」・・・この約束は即座に帳消しになった。多くの犠牲を払った結果がこのざまだ。
・・・私はこの大会が原因でカラテの世界から足を洗った。挫折したということだ。この大会で優勝したライバルはこの後、全国区の大会へ出場していった・・・まさに私にとってターニングポイントだったが・・・私はこのチャンスに負けた。
ある辛口の先輩から言われた「上手いと強いはまた別物なんだよ。おまえは確かに上手いよ・・・でもまだ強くはなれていなかったということだ。とうとうメッキがはがれたな・・・」』
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あの時と・・・何もかもが同じだ。
あまりにも同じシチュエーションに「偶然」とは思えない「因果」を感じた。
「その大会で優勝することがあたりまえ」というシチュエーション。
「有級最後の大会・・・昇段を控えた大会」というシチュエーション。
「その大会で無様な敗退」
「おまえは、この試練を超えない限り上にはいかせないよ」
そいういうことなのだろうか?
もちろん「あの時」のように、これが原因で・・・テコンドーをあきらめるということは、今の自分では全くあり得ない。
そういう意味では・・・あの時の自分をようやく「今」超えることができるのかもしれない。
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なんで負けたのか?
ビデオを見返すと、いつもの負けパターンにはまっている自分がいた。先にポイントを取られ、あせって不用意に前に突っ込み、不用意に技を貰う。
・・・ただ、そんな理由よりも何よりも、まだまだトータルな実力がトップレベルに達していないことを・・・自分が一番感じてしまった。
あたりまえだ。だからちょっとしたことで・・・負けるのだ。
大会が終わった後、いつも色々な場面でアドバイスをいただいている、O師範が声を掛けてくれてた。
おそらく意気消沈して、引きつった私の顔から私の落ち込みを察知していただけたのか(?)、O師範は私をフォローしていただけるようなアドバイスをしていただけた。
少しだけ救われた気がした。
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落ち込んでいても、なんのプラスにもならない。
でも・・・今回ばかりはその落ち込んだ感情を、なかなか上向きにできない。
だけど・・・練習だけは・・・しよう。
いまどんなに今落ち込もうと・・・
131日後には、あんなにも憧れていた「全日本大会」が待っているのだから。
2007/10/29(月) | テコンドー試合の反省 | トラックバック(0) | コメント(2)

