格闘技、武道の世界には過去に「小さな巨人」と呼ばれた偉大なファイターが数多く存在する。その偉大なファイターたちの中にあって、もっとも衝撃を受けた小さな巨人。
極真会館 堺貞夫
無差別級で全日本大会、世界大会が開催される極真カラテではそのルール上、小さな巨人が生まれやすい。
そのファイターは、あの極真の松井館長が初めて全日本で優勝した第17回大会で松井館長と対戦していた。17回大会と言えば極真至上、最強とも言われた黒澤浩樹の鮮烈なデビューの翌年の大会である。その最強の前年度王者・黒澤を決勝戦で迎え撃ったのが松井であったのだ。まさに歴史に残る壮絶な決勝戦であった。
しかしこの大会、実はこの決勝戦以外に「伝説」とも言える名勝負が、実は・・・あったのである。不出世の天才といわれた松井をこの大会一番苦しめたのは、もしかすると、決勝戦の黒澤ではなく・・・それは身長158cm、体重57kgという極真の軽量級でもさらに小兵である堺貞夫、その人であったかもしれない。
自分より遥かに大きい強豪ファイターに、型で見かけても、普通試合で見ることがない『後屈立ち+前羽の構え』。この不動の構えで・・・、この日、なんと天才松井の攻撃を”流水”の受けでことごとく制してしまったのだ。
合わせ技の名手とされていた松井相手に、その数段上をいくカウンター技術で応戦。松井は自分よりも一まわりもふたまわりも小さい相手に、最後は全く攻撃ができなくなってしまった。
・・・某掲示板ではなんとこのマニアしか知らないと思っていた堺貞夫のスレッドがあった。やはり当時、衝撃を受けたのは私だけではなかったのか?興味深いコメントを見つけたの紹介したいと思う
。
以下、「」内コピペですが一部表現が汚かったので若干勝手に編集してます。
「俺は客席で見て背中に冷や汗が流れたよ。こんな空手があるのかと。この大会で入賞できなでれば引退と腹をくくっていた松井も、それを知っていた大山館長もまさかあんな小さい選手があんなに強いとは計算外だったのでは、、、、、、大山館長の背中にはあぶら汗が流れたろうね。
延長戦での審判団の総入れ替えは「汚い」の一言につきるね」
「一回戦、[小兵選手」が上段回しで、頭一つ高い相手を一発の上段でボロ雑巾の様に失神させた。三回戦で後に全日本王者にもなったある大型の選手がこの「小兵選手」のパンチでくの字になった。四回戦「松井と小兵選手」の試合の最中、俺の背中に冷や汗が流れていた。
彼、境貞夫は4年間、修練につぐ修練をつんでいたと判った時、俺の中で何かがハジケタ。人知れず立禅、這い、深手を繰り返し練り上げた技。
俺が空手の道の素晴らしさを知った日である。」
「堺選手は確かにすごかった。後輩に10年ほど前にビデオを借りて、見たんだけど技術書でしかお目にかかれない前羽の構えには、しびれたね。体重がないから自分から仕掛けにはいかないけど、相手の攻撃を確実に捌く技術と、的確なカウンターは凄かった。後輩は「松井さんじゃなく、増田さんや黒澤さんとあたったら、潰されてましたよ」とか言ってたけど、おれはそうは思わなかった。でも松井さんとあたったのは不運だったね。館長の大のお気に入りだったんだから。あの体重差で延長二回までいったら、決定打がない以上、普通は体重判定で勝ちだよ。それと、よく緑さんと引き合いに出されるけど、緑さんは小柄だけど筋トレでぶ厚い胸板をしてたけど、堺さんはほんとに、ひょろっとした体型。
あの人ほど、人間の可能性を感じさせてくれる選手は今でもいないと思う。」
等など。
歳をとってくれば尚のこと、スピードとかパワーとかに頼らない「技術」というものに可能性を見いだしたい気持ちが強くなる。
華麗なフットワークを操る対戦相手に、どっぷり腰を落とした不動の構えで対峙し・・・相手の攻撃をことごとく制する老兵。
・・・あの堺貞夫という小さな巨人を思い出すと・・・そんな戦いをしている自分の妄想で頭がいっぱいになった。
2007/04/26(木) | 格闘技マニア | トラックバック(0) | コメント(8)

